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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(行ツ)93号 判決 1976年5月06日

上告人

兵庫税務署長

勝又庄市

右指定代理人

高橋欣一

外九名

被上告人

樫本定雄

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人貞家克己、同鎌田泰輝、同筧康生、同岡田武夫、同高橋欣一、同岡準三、同中山昭造、同清原健二、同井上修の上告理由について

本件記録によれば、被上告人の昭和四四年から同四六年分までの所得税に関する各更正処分及び各過少申告加算税の賦課処分に対する異議申立てにつき、上告人は昭和四八年四月二八日付で右申立てを棄却する旨の各決定(以下「本件異議申立棄却決定」という。)をして同年五月八日被上告人に通知したので、被上告人は、更に、同月二五日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、同四九年四月二四日付で右請求を棄却する旨の裁決(以下「本件審査請求棄却裁決」という。)をして同年五月一七日被上告人に通知し、そこで、被上告人は、同年六月三日、本件異議申立棄却決定の取消しを求めて本訴を提起した、原審は、被上告人は、本件異議申立棄却決定の通知を受けたのち適法な期間内に審査請求をし、本件審査請求棄却裁決のあつたことを知つた日から三か月以内に本訴を提起しているのであるから、本訴は、出訴期間を遵守した適法な訴えであるとし、本訴は出訴期間を徒過した不適法な訴えであるとした第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すとの判決をしたことが明らかである。

論旨は、要するに、原判決は、本件訴えの出訴期間の起算日に関し行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一四条四項、国税通則法七五条、七六条の解釈適用を誤つたものであり、その違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

課税処分に対する異議申立てについて税務署長がした決定の取消しを求める訴えは、行訴法三条三項にいう「裁決の取消しの訴え」に該当し、裁決の取消訴訟は、裁決があつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならず、裁決の日から一年を経過したときは提起することができないものとされているのであるが(同法一四条一項、三項)、右の出訴期間は、裁決につき審査請求をすることができる場合において、審査請求があつたときは、その審査請求をした者については、これに対する裁決があつたことを知つた日から起算することとされているのである(同条四項)。しかしながら、国税通則法によれば、異議申立てにつき税務署長がした決定は、同法七五条一項一号に掲げる不服申立処分として同法七六条一号にいう「前条の規定による不服申立て……についてした処分」に該当するから、これに対しては、更に審査請求等の不服申立てをすることができないこととされているのである(もつとも同法七五条三項は、「当該異議申立てをした者が当該決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる。」旨を規定しているが、右にいう「処分」が異議申立ての対象となつた処分(原処分)を意味することは、文理上明らかであつて、右規定は、異議申立てについてした税務署長の決定自体を審査請求の対象とすることを認めたものでない。)。したがつて、課税処分に対する異議申立てについて税務署長がした決定の取消しを求める訴えについては、行訴法一四条四項の適用はなく、その出訴期間は、異議申立てについての決定があつたことを知つた日又は決定の日から、これを起算すべきものである。これを実質的に考えても、課税処分に対する異議申立てについての決定の取消しを求める訴えにおいては異議申立ての対象となつた課税処分(原処分)の違法を取消しの理由として主張することはできず(行訴法一〇条二項)、右訴えは右決定の固有の瑕疵の是正を目的とする訴えであるところ、異議申立ての対象となつた課税処分(原処分)に対する審査請求においては、右決定の固有の瑕疵を争うことは認められておらず、右審査請求についての裁決により右決定の固有の瑕疵が是正される余地は全くないのであるから(最高裁昭和四二年(行ツ)第七号同四九年七月一九日第二小法廷判決・民集二八巻五号七五九頁参照)、右課税処分(原処分)に対する審査請求がされその裁決があつたからといつて、その裁決があつたことを知つた日又は裁決の日から右決定の取消しを求める訴えの出訴期間を起算すべきこととする合理的理由はないのである。

本件についてこれをみるに、本件訴えは更正処分及び過小申告加算税の賦課処分に対する異議申立てを棄却する旨の税務署長の決定の取消しを求める訴えであるから、その出訴期間は、本件異議申立棄却決定のあつたことを知つた日又は右決定の日から、これを起算すべきものであるところ、これと異なり本件審査請求棄却決定を知つた日から起算すべきであるとした原審の判断は、ひつきよう、行訴法一四条四項、国税通則法七五条、七六条の解釈適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審が確定した事実によれば、被上告人が昭和四八年四月二八日付の本件異議申立棄却決定の通知を受けたのは同年五月八日であり、被上告人が本訴を提起したのは昭和四九年六月三日であるというのであるから、本件訴えは、出訴期間を徒過したのち提起された不適法なものというべきであり、これと同旨の第一審判決は相当であつて、被上告人の控訴は棄却されるべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 藤林益三 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人貞家克己、同鎌田泰輝、同筧康生、同岡田武夫、同高橋欣一、同岡準三、同中山昭造、同清原健二、同井上修の上告理由

原判決は、本件訴えについての出訴期間の起算日に関し、行政事件訴訟法一四条四項並びに国税通則法七五条及び七六条の解釈の適用を誤つたものであつて、その法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は、上告人がした昭和四八年四月二八日付け課税処分異議申立棄却の決定が同年五月八日に被上告人に送達された事実及び被上告人が同月二五日に国税不服審判所長に対して審査請求をし、これに対する国税不服審判所長の審査請求棄却の裁決が昭和四九年四月二四日なされ、同年五月一七日被上告人に送達された事実を確定した上、被上告人が同年六月三日に本訴を提起したことは記録上明白であるとし、「右経過によれば、本件訴えは出訴期間を遵守した適法なもの」であると説示している。

原判決の右説示は簡略に過ぎるきらいがあるが、その判文から推測すると、原判決は、異議申立棄却決定が審査請求の対象となり得る処分であることを前提とし、被上告人は、本件異議申立棄却決定について審査請求をし、これに対する裁決があつたことを知つた日から三箇月以内に本訴を提起したものであるから、本訴は行政事件訴訟法一四条四項、一項に規定する出訴期間を遵守したものであると判断したもののようである。

しかしながら、被上告人の本件訴えは、上告人が昭和四八年四月二八日付けをもつてした異議申立棄却決定の取消しを求めるものであり、このような税務署長がした異議申立棄却決定について審査請求をすることができないことは後に詳しく述べるとおりであるから、右異議申立棄却決定の取消しを求める本件訴えについて行政事件訴訟法一四条四項を適用した原判決は、明らかに誤りであるというほかない。

二、すなわち、税務署長がした異議申立棄却決定は、国税通則法七五条一項一号に掲げる不服申立てに対する処分であり、同法七六条一号にいう「前条の規定による不服申立てについてした処分」に該当し、同法による不服申立てをすることができない処分であることは、同条の規定上明らかなところである。そして、最高裁判所昭和四九年七月一九日第二小法廷判決(民集二八巻五号七五九ページ)は、異議申立棄却決定の取消しの訴えがそれ自体固有の利益をもつ訴えとして許されるものであるとしているが、その理由として、審査請求によつては異議決定固有のかしを争うことはできないことを挙げているのは、異議申立棄却決定自体については審査請求をすることができないことを当然の前提としているのである。

このように国税通則法が異議申立棄却決定について審査請求をすることができないものとしたのは、行政事件訴訟法が原処分主義を採用していることにかんがみ、異議決定自体についての行政不服申立ての必要性を認めなかつたためにほかならない。

なお、国税通則法七五条三項は、「当該異議申立てをした者が当該決定を経た後の処分になお不服があるとき」は審査請求をすることができるものとしているが、右にいう「処分」とは、本件におけるような異議申立棄却決定ではなく、異議の対象となつた課税処分(原処分)自体を指すものであることは、その文理から明らかである。したがつて、本件においても、審査請求の対象となつたのは、異議申立棄却決定ではなく、異議申立棄却決定を経た後の課税処分なのである。

以上述べたところから明らかなように、本件訴えが異議申立棄却決定の取消しを求めるものである以上、行政事件訴訟法一四条四項にいう「処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合」に該当しないから、その出訴期間は、原処分についての審査請求に対する国税不服審判所長の裁決があつたことを知つた日又は裁決の日から起算すべきものではなく、同条一項により税務署長の異議申立棄却決定があつたことを知つた日から三箇月以内に訴えを提起しなければならず、同条三項により右決定の日から一年を経過したときは訴えを提起することができないものである(福岡地裁昭和四四年八月五日判決・税務訴訟資料五七号二〇五ページ)。

ちなみに、審査請求をすることができない異議申立棄却決定について、原処分に対する審査請求の裁決があつたことを契機として、同条四項を準用し、その取消訴訟の出訴期間を右裁決があつたことを知つた日又は裁決の日から起算すべきものとする特段の理由は全く存しないのである。

三、そして、本件異議申立棄却決定が昭和四八年四月二八日にされ、右決定が同年五月八日被上告人に送達されたところ、被上告人は、右異議申立棄却決定の取消しを求めて本訴を提起したのが昭和四九年六月三日であることは、原判決の適法に確定するところであるから、本件訴えは、明らかに前記出訴期間を経過した後に提起された不適法なものである。

四、以上のとおり、本件訴えは、これを不適法として却下すべきものであり、これと同旨の第一審判決は正当であるが、原判決には法令の違背があり、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は速やかに破棄されるべきものと思料する。

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